できると思ったのに・・・

先日2年ぶりに野球の試合に出場しました。練習せずぶっつけ本番です。

10歳の頃から野球を始めて、社会人まで現役でプレーしており、現役引退してからは10年経っていますがそこそこ自信はあります。

この状態で、結果が残せるかどうか・・・。

ピッチャーとして登板しましたが、まず、変化球が投げられません。

投げ方はわかっているのですが、体が全く思った通りに動きません。

ストレートはまずまずですが、肩が痛いです。フォームがどこかおかしいかもしれません。

バッティングはどうか。

一打席目で強振したところ、首の筋を痛めました。寝違えた感じです。

かろうじてバットに当てることはできたものの、思い描いていた打球とは程遠く・・・。

試合を終えて、体はボロボロ。感じたことは「老いたな」と「情けない」でした。

もうちょっとできると思っていたのですが・・・。

皆さんも似たような経験あるのではないでしょうか?

歳が上にいけばいくほど経験することかと思います。

若いころはバリバリできていたものが、今は頭ではイメージできていても実際にはできない。

仕事でも似たようなことが起こります。

市場がどんどん変わっていき、勤怠管理など様々なシステムが変わり、感染症予防のため社会が新しい形になりつつある・・・。このような中で以前はできていたもの、通用していたものが、今では全く使えないものになっているということは往々にしてあり得ます。

知り合いに人間関係を作るのが得意だ、という人がいます。

とても愉快な楽しい人です。

ある組織の経営陣として対外活動も多く、確かにどのような場に行ってもいつの間にか輪の中心にいるような方です。

その知り合いは人事も担当しており、新入社員の歓迎会として、東京ドームでのプロ野球観戦を企画したそうです。

ドームでお酒を飲みながら巨人戦を見るというのは、世代によっては発狂するほど盛り上がるのではないでしょうか。

しかし相手は新卒社員。野球など今まで見たこともなく、ルールも何も知らないという状態でした。

意味不明なままただ時間だけが過ぎ、始終困惑した表情でその後の二次会にも誰も参加せず帰ったそうです。

その後知り合いは、若い子との関係の築き方が分からない、と悩んでいました。

今までうまくできていたものも、周りの環境変化が進むことによって通用しなくなることがあります。

感覚的にはできると思っていても、実際にはできなくなっている。

つまり、自分自身も変化し続けていかなければ、周りに置いて行かれるということです。この部分に恐怖を感じているかどうか。

私は変化するために週一で野球の練習に参加することにしました。 全然量は足りないですが、感覚化している部分を実際にできるように行動を変えていきます。

識学認定講師

阿部 泰明

幼少の頃から野球に没頭し、社会人までプレー。
現役引退後は高校教員となり、指導者としても活躍。
その後、国際協力に参画する機会を得て、アフリカのとある国へ旅立つ。
某国際機関の現地事務所長として勤務する傍ら、現地の子供たちに野球を指導し、全国大会制覇。教育、スポーツ、国際協力の現場を経験し、世界で勝てる最強の組織を作るためにはどうすればよいかを追い求め、識学と出会う。2020年に入社し、識学講師として活動。

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