ゲーム

アメとムチは必要?

私が管理職になりたての頃、先輩から「アメとムチをうまく使い分けることが管理職には必要だよ」と教わった記憶があります。

私自身、働いている大きな理由に「給与」があります。何かを手に入れたいという感情は人を動かす原動力になる事は間違いない事実。
でも先輩が教えてくれた通り、うまく使えないと逆効果になる事もある、という話をしていきます。

毎回、息子の話題しかないのかよと思われてしまいますが、それしかありません(親バカです)。
現在小学4年生の息子は、幼稚園の年中からサッカーチームに入り、チーム練習がない土日は私と公園でサッカー練習するという日々を送っています。
恐らくパパとの遊び=サッカーと思っているはず。メキメキ上達し、試合ではゴールを量産。小学校に上がるころには寝る時もサッカーボールを持っているほどサッカー好きになってきました。

しかし、小学校3年生ぐらいになると、周りのお友達は「オンラインゲーム」をやり始めます。私の家も1日15分だけゲームは許可していますが、もちろんそれでは満足してくれません。
次第に「サッカーよりもゲームをしたい」という気持ちが大きくなり、明らかにサッカー練習への集中力が低下してきました。

どうにかサッカーのモチベーションを上げられないかと考え、スマホアプリで「スタンプカード」を見つけました。練習が終わる毎にスタンプを押すことができ、10個溜まると1時間ゲームが出来るという「夏休みのラジオ体操」のような仕組みを作成。更に、難しいリフティング100回など、練習時間とは別に目標をいくつか立てて、それをクリアするとスタンプが3つ押せるルールも作りました。

効果は◎。ゲームをしたいので、今まで以上に集中してサッカー練習に取り組むようになりました。
しかし長続きはしません。今やっているゲームがつまらなくなると、比例してサッカー練習も集中力が低下。集中力を高めるために、ご褒美をスタンプ30個でゲームソフトに変更。するとまたモチベーションが上がって頑張る。でもまたゲームが飽きると・・・の繰り返しに。

サッカーを始めた当時は、サッカーをする事や上手くなる事で自分自身の満足感を得られていましたが、私が「ゲーム」というアメをサッカーの動機付けのために与えるようになったため、「ゲーム」のためにサッカーをする他者から与えられた「ゲームというインセンティブ」を目的に練習するようになってしまったのです。

好きなことをしてゲームが手に入るのであればいいですよね。
でもゲームが手に入るから好きなことをすると考えると、好きなことでもなぜかやる気がなくなってしまうものです。どれだけサッカーが好きな人でも「お金のために毎日サッカーを1時間やれ」とルール化されてしまうと、最初は喜んでもいつからか、やらされている感覚を持つはずです。

ゲームや勉強だって同様です。誰だって好きなことはほっておいても好きなようにします。でも、「ゲームを毎日10時間しなさい」「勉強を毎日しなさい」なんて他者から言われて強制されると嫌になっちゃいます。
「アメ」を与えるということは、一人一人が本来持っていたやる気を滅ぼすことを意味します。本当は「主観的なやる気」があったはずなのに、「客観的なインセンティブ」に変えられてしまう。

では「ムチ」はどうでしょうか。当たり前ですが、「ムチ」を恐れてサッカーをします。言われたことは言われた通りにやるようになるでしょう。しかし頭の中は「怒られたくない」「失敗したくない」という気持ちでいっぱいになります。
目の前のサッカー練習に一生懸命に取り組んでいても、頭の中は「失敗への恐怖」でいっぱいです。余計な事を考えているので、集中力が高まりません。会社で言えば生産性があがりません。

「アメ」を与えるのではなく、明確な目標を与え、達成を評価してあげる事で「出来なかった事が出来た!」という成長感を与え、心の内側から出てくる内発的なモチベーションを上げさせることが重要。

是非、「アメばかりあげているな」と感じた方は参考にしてみてください。


識学認定講師

日暮 裕規

2005年に明治大学商学部を卒業後、大手アミューズメント会社に入社。最年少で管理職となり、60名を超えるスタッフのマネジメントを8年間従事。2014年に地元・千葉の広告会社に転職。営業職を経験後、飛び級で支社長に昇格しマネジメントを2年間従事。これまでの率先垂範、部下のモチベーションを重視したスタイルに限界を感じ、識学を導入し成果を上げた株式会社P-UP Worldに転職。識学講師として現在に至る。

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