頑張っていると思っていても

頑張っているのに報われないなんて思ったことはありませんか?
私も前職時代よく抱えていた感情です。
高校時代の部活でも、やった気になっているだけだなど怒られるたびに思っており、
昨日も私が掃除をした後に汚いと彼女から言われてしまいました。

なぜ自分は頑張ったにもかかわらず、納得のいく結果を得られないのでしょうか。
原因は他者評価の重要性と自己評価の無意味さを理解していないことにあります。
今回はその努力無駄になってない?ということについて簡単にまとめたいと思います。

・自己評価を過信しない
・なぜ自己評価してしまうのか。
・まとめ

◆自己評価を過信しない
まず自分の納得いくものの用意、準備すること自体は悪だとは考えてはないです。
大事なのはそこを重要視するばかりに他社からの評価を軽んじてしまう、または拒否してしまうことが悪ということです。
具体的にどういうことかというと、例えば私の掃除の例を出すとすれば、自分では掃除をしてきれいにしたつもりでも、一緒に住んでいる彼女からしたらまだ汚いと感じていたわけです。つまり、彼女からしたら掃除も出来ないやつというマイナスのレッテルをはられてしまったわけですね。そこに対して、私の美学がわかっていない、頑張りを認めてくれ。と思っても意味がないということです。
自分だけでは得られないもの例えば彼女といる居心地の良さといったものを得るために行っている共同生活の中で信頼を損なうことが続けば、信頼は目減りし、振られるでしょう。逆に相手の求めたことに従うのが嫌であれば別れるしかないのです。
仕事に置き換えれば、お金を稼ぐために仕事をしているのに、クライアントからの評価を得られなければ、売上も得られず、望む対価、給料も得られないに可能性もあるということです。この立場に立てば、自己評価より優先すべきは他者評価だということがわかると思います。相手が何を望んでいるか、何をしたら評価されるのかを推し量り、最良の準備をする。
自己評価で出来るのはここまでです。あとは達成に向かってやるだけ。その先の評価は他者がするものであり、他者からの評価が得られなかったのであればそれが間違っていただけなので、次に活かすための分析材料にするだけです。自己評価の正当性を主張するのは時間の無駄だということがわかるかと思います。

◆なぜ自己評価をしてしまうのか。
それにもかかわらず、なぜ自己評価・自己満足を追い求めてしまうのでしょうか。原因は評価する側の人間にもあります。
例えば、先ほどの例でいえば彼女の定義するきれいの状態が明確であれば最初から私はそこを目指してきれいな状態を作れていたわけです。(言い訳)
つまり、可能であれば最初からお互いの認識を合わせておくこと、会社における評価であればあなたには何を望んでいて、いつまでに、どのような状態にするのかを明確にしておく必要があります。これが出来ていれば最初から相手の求めていることに向かって行動していくことが出来ます。
そしてその設定も相手が理解または達成出来るというものでなければ機能しません。
わからないことは当然できないですし、無謀と思えることには集中して取り組めないですからね。

◆まとめ
社会生活の中では他者評価を避けて通ることはできません。
その中で自己評価、自己満足を押し通していくことは不可能です。相手が何を望んでいるかを明確にしてそれを達成させることでしか高い評価は得られません。
また、評価する側であっても相手に何をしてほしいのかを明確にしてあげれば求めていることを得られる可能性は格段に上がります。
仕事もプライベートもこのことを意識して生活してみてください。自己評価と他社評価のギャップに無駄に悩むこともなくなります。

さて、私は彼女に怒られないように前回指摘された内容をメモして次回からは彼女の求めている状態まで部屋をきれいにできるよう頑張ります。達成不可能な目標ではないはず…


男性

識学認定講師

長橋 幸大

関西大学卒業後、設備メンテナンスのベンチャー企業に就職。
2018年度には全社トップの受注・売上を達成し、マネージャーに昇進。チームの数字達成とマネジメントに悩んでいた折、識学を知る。
属人化しない組織運営の理論を学び、自ら普及していきたいと思い転職。識学講師として現在に至る。

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