ルールを守るということ

識学の中ではルールについての話がたびたび出てきます。

ルールという言葉に対して、ネガティブなイメージを持たれる方もいるかもしれませんが、先日些細なことから、ルールについて考える機会があったためそれについて今回は書いていこうと思います。

そもそもなぜルールが必要なのでしょうか?

先日コンビニでレジに並んでいた際に、前に並んでいた方と店員さんとの間で軽いいざこざがありました。
何が原因だったかというと。お弁当とアイスを買ったお客さんに対して、店員側が、

「暖かいものと袋はお分けしますか?」

と聞いたことに対して、

「そんなの当たり前だろ!」

と文句をつけ、ねちねちと説教タイムが始まったという状況です。

私事ではありますが、そのコンビニは家から徒歩3分程度の距離であり、わざわざ袋を分けてもらわなくてもすぐに持って帰れますし、アイス一つが入る程度の袋をもらったとしても使い道もなく、また捨てるだけなので袋は一緒で構わないという感覚です。(別に黙って分けられたとしてもかまいませんが。)

いきなり何の話をしているんだと思われたかと思いますが、『当たり前は人によって違う』ということです。

そして、その認識がズレることによって調整の手間が増えるなど不都合が生じるのでルールが設定されているということです。

本来、みんなの考え方や環境が異なる中で、統制を取るために、法律やルールといったものが存在しています。法律があるので日々の暮らしの中での安全が担保されていますし、スポーツもルールがあるのでゲームが成立しているわけです。

確かに、ルールによって自身の行動に制限が加えられることもまた事実です。

当たり前の認識を統一させるためにルールが存在している以上、自分の当たり前と食い違うことは発生します。

そんな時には、今一度なぜルールが必要なのか、守っているからこそ受けられている利益について思い返してみてください。

ルールは柵に似ています。みんながその中で動いているのでその中では自由ですが、一人がその柵を破って外に出てしまえば柵としての機能は失われます。 自分だけが良ければいいではなく、全員が守っているのでルールとして正しく機能しているのだということは忘れないようにしましょう。


男性

識学認定講師

長橋 幸大

関西大学卒業後、設備メンテナンスのベンチャー企業に就職。
2018年度には全社トップの受注・売上を達成し、マネージャーに昇進。チームの数字達成とマネジメントに悩んでいた折、識学を知る。
属人化しない組織運営の理論を学び、自ら普及していきたいと思い転職。識学講師として現在に至る。

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